
2008年6月27日
彩都の周りには、それこそ歩いていける範囲に
たくさんの田畑がある。
このあたりは丘陵地であるため、いわゆる「棚田」や
段々畑も多く見られる。
この時期、田植えを済ませた棚田が水をたたえている姿は
何枚もの鏡を敷き詰めたモザイクのようで、
なんとも美しい。
あぜ道をするする登って行って上から見下ろすと、
美しい一枚の絵。
間違いなく日本人の心の原風景で、
現代っ子の私ですら心が緩む。
彩都に越してきて、前から気になっていた
「棚田ファーマークラブ」に参加することにした。
地元岩坂地区のボランティアの方々と一緒に
棚田で米作りや野菜作りを体験できるという。
五月に親子ともに初体験の田植えをした。
生あたたかい泥の感触、久々に見たおたまじゃくし達、
あちこちに蛙、用水路にはメダカ、
雨上がりの巨大なミミズ。
子ども達は大はしゃぎで、農作業そっちのけで
たくさんの生物と戯れていた。
こじんまりとしているけど、山に囲まれた棚田。
土をいじり、水の流れる音や沢山の生き物に触れていると
本当に体中が生き返る。
「棚田ファーマークラブ」は、田植え、野菜収穫、
稲刈りなど、年に数回のイベントである。
子ども達にとっては、すべてが初体験のことだろうから、
それはそれで価値のある経験だろうけど、
いわば農作業の「いいとこ取り」。
米にしても、野菜にしても、植えた後、
収穫できるまでに、沢山の手間ひまかかる作業が
待っている。
それらをすっ飛ばして「収穫」とはなんだか後ろめたい。
というわけで、日ごろの田畑の世話(日常管理と呼んでいるらしい)
のボランティアを募っていたので、それに参加することにした。
とはいえ、なかなか毎週参加できず、
参加しても子どもは蛙たちと戯れてばかりで情けないのだが、
少しでも農業の大切さや難しさに触れることができればと
思っている。
その方が収穫の時の喜びも、きっと大きいだろう。
ここで少しずつ学んで、ゆくゆくは貸し農園でも借りて
自力で畑を持てたら・・と目論んでいる。
実は棚田に植えたのは酒米の「山田錦」。
それらは、茨木の水とともに地元の酒蔵で地酒となるという。
去年収穫したお米で作った地酒「いわさか」を試飲したら
とっても美味しかった。
来年のお酒は自分達で植えた米から作られることに。
私としては密かにそちらを楽しみにしている。
2008年5月22日
五月、新緑でいっぱいの里山公園には、毎日大勢の子ども達の声が響く。
日によっては、驚くほどの子どもの数で、大きな公園が狭く感じるほど。
小さな子どもも多いため、付き添ってきた親もそれなりの数となり、
沢山の大人の目の届くなかで、子どもたちは「安全」に遊んでいる。
子どもを狙った犯罪が多発する中で、子どもたちにまず何よりも
「安全」な環境が求められている。
小学校の登下校は毎日、安全指導の方が見守っているし、
地域住民にも、「下校時間帯に犬の散歩、庭の手入れなどをして、
見守る大人の目を増やしましょう」と、呼び掛けがされている。
また、驚いたことに彩都では、道を歩いていても、
すれ違う人同士が挨拶をする。
顔見知りでなくても、当然のように。
前住んでいたところでは、考えられないことだ。
子どもにとっての「安全度数」という指標がもしあれば、
この街は相当高いような気がする。
そして、私自身も毎日安心して子どもを送り出している。
本当にありがたいことだ。
だけど、本当にそれだけでいいのだろうか。
少しだけ引っかかる。
子どものために、「見守る」のは当然必要だが、
「守られている」だけでは、どうしても育っていかないものが
あるような気がする。
危険から自分で身を守る力、危険を察知する力。
危険とは何かを知らなくて、どうやって子どもはそれに対応する力を
つけていくのか。
何も、あえて危ない目にあわせる必要などないが、
時に、子どもは成長の過程で、親の目の届かぬところで
小さな冒険をして、失敗し自分で学んでいくものである。
そういう、あえて大人の目の届かない、子どもだけの世界も
必要ではないだろうか。
それは、そんなにたいそうなものでなくて、
他人の家の塀の上だったり、雑草茂る空き地だったり、
子どもだけの未熟な人間関係だったり。
街のあちらこちらに、いくらだって探すことはできる。
贅沢な願いかもしれないが、どうかそういった子どもの聖域まで、
余計に「見守ら」ないでいてほしい。
もし、子どもが目に入っても見てみぬふりをする、
そうして本当に危ないときだけちゃんと叱ってやる、
そういう余裕を大人は持ちたいものである。
子どもを狙う犯罪は、あってはならないもので、
どうしても親としてはぴりぴりしてしまう。
本当に子育てしにくい世の中だ。
ただ、変わらないのは、昔も今も元気に遊ぶ子どもたちの歓声。
毎日の賑やかな公園での風景は、街の宝物で、
いつまでも変わらないでいてほしい。
2008年4月28日
縁あってこの三月に彩都に引っ越して来た。
家探しの中で、時折覗いていたこのサイト。
一住民の方が発信してくれる情報は、
どんなに小さくても、温かい真実味がある。
この地へ移り住むことを決める材料になったことは確か。
やはり、街は住んでみないとわからない。
普段から、いろいろと可笑しなこと、ややこしいことを考えながら、
クネクネ街を散歩している私。
今度は住民になった権限で、自分の目で見て、足で歩いた彩都について
書いていこうと思う。
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出来て4年の新しい街。
まだ、その街の輪郭ははっきりしない。
住んでみて、体で感じた率直な感想は、
日当たりがすこぶるいいが、風の強い街。
自然がすぐ近くにあるけど、やっぱり不便。
そういう、はっきりした長所と短所を兼ね備えた街であるんだろうな、
ということが段々見えてきた。
近頃、彩都界隈には厳しい風が吹いている。
橋下知事も自ら視察に。
当初考えられた壮大な計画が見直されるということは、十分にあり得る話だし、
大阪府主導の開発だろうから、当然知事の目も光る。
ただ、新聞を賑わせていたわりには、街の実際は「どこ吹く風」と、変わらず太陽が溢れ、人々は生活を楽しんでいる。
私がそうであったように、多くの人は、この街の美しい風景や、
あちこちで遊ぶ子ども達の笑い声に魅かれて、ここに移り住んできたようだ。
やはり、街はそこに住む人が創っていくもの。
そういう当事者意識を持てる場所に住みたいと思ってきた。
当事者であるからには、当然の義務と責任が。
でもそれをちゃんと果たしていけば、もれなく愛着のある
「わが街」が手に入ると思う。
はてさて、何年か後の彩都はどんな風が吹いていることやら。
他人事ではなく、本気で楽しみにしている自分がいる。